マンモス パチンコ 本社

マンモス パチンコ 本社

 すると1月1日以来攻撃を手控えていた仏軍が12日、ル・マンでの会戦に合わせるかのように前進を始め、ランツァウ支隊に数倍する兵力でウズーエ=シュル=トレゼ(ブリアールの北東6.4キロ)を襲ったのでした

 この部落にあったH軍の守備隊は簡単に駆逐されてしまい、ブリアールに助けを求めます

ランツァウ将軍は直ちに増援を送り、まさかH軍が短時間で逆襲に出るとは考えていなかったであろう仏軍は慌てて後退し、ウズーエ=シュル=トレゼは奪還され仏軍は手痛い打撃を受けるのでした

※1月12日・ウズーエ=シュル=トレゼの戦闘に参加したH軍部隊○H第2「大公」連隊・第1,3中隊、第5中隊の三分の二(4個小隊)○Hライター騎兵第2「親衛シュヴォーレゼー」連隊・第4中隊の四分の一(1個小隊) しかし本来なら防御線として使える付近を流れるブリアール運河はこの時完全に凍結して自由に通行出来たため、H軍将兵は周辺に潜む5倍以上の敵にいつでも包囲される危険が生じて部落に長く留まるわけにいかなかったためにランツァウ将軍は部隊をブリアールへ呼び戻し、仏軍は翌13日の午前、再びウズーエ=シュル=トレゼを確保するのでした

☆ ブリアール周辺の戦闘(1月14日)ブリアール周辺図 既に1月6日、命令によってジアン在の兵站守備隊(「デトモルト」後備大隊の4個中隊と予備驃騎兵第5連隊の第2中隊)はオルレアンに向かって去り、ランツァウ将軍は貴重な麾下歩兵(H歩兵連隊は2個大隊/8個中隊制です)から第7中隊を送ってジアン市街を守備させています

またオルレアンとの連絡を保つためオルレアン運河の渡渉点ポン・オー・モワンヌ(ジアンの西北西49キロ)やシャトーヌフ=シュル=ロアール(同北西37キロ)、そしてウズーエ=シュル=ロアール(同北西14.5キロ)には義勇兵などの襲撃に備えて連絡哨を置き、少なくない哨兵が配されていました

あなたも好きかも:メダルゲーム ルーレット スロット
しかし仏軍が再び活発に動き始めたため、ただでさえ少ないランツァウ支隊は13日中にそれ以外の駐在拠点を放棄してブリアールに集合します

あなたも好きかも:テーブルゲーム ナインタイル
 明けて1月14日

早朝から濃霧に覆われたブリアールではランツァウ将軍が仏軍の動向を調べようと斥侯を派出しました

あなたも好きかも:パチンコ 逆転裁判 評価
すると複数の斥侯が帰還して報告するには、「モンタルジへの街道(現・国道N7号線)上に義勇兵の集団が出現、ウズーエ=シュル=トルゼからも護国軍の縦隊が行軍を始めており、この一部は既に西へ向かったため我らの背後(ジアン方面)に進みつつある」とのことだったのです

 このためランツァウ将軍は麾下諸隊に対して緊急集合令を発し、同時に即出撃可能だった3個小隊(H第2連隊第4,5,6中隊の各1個小隊)をジアンへの本街道(現・国道D957から952号線/ブリアール道路)に向けて突進させ、街道を封鎖しようとしていた仏義勇兵を追い払うのでした

しかし仏護国軍兵の縦隊は迂回しつつ包囲を狙う行軍を続行し、しかも砲兵1個中隊を同行させていました

同時にロアール下流から戻った斥侯は「ウッソン=シュル=ロアール(ブリアールの南南東6.6キロ)の停車場周辺に仏軍の一大集団が集合し待機している」との報告を上げるのです

 これらの状況からランツァウ将軍は麾下に対し、包囲の危険性が増したブリアールを潔く放棄してジアンに向かって撤退することを命じるのです